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第5章 開発援助のセクター別インパクト分析


本章では、我が国を含む対バングラデシュ援助のマクロ経済的インパクトを下記の観点から考察する。

  • 開発援助のマクロ経済押し上げ効果
  • 開発援助のセクター別インパクト分析

なお、分析においては、各ODAセクターにおけるドナー、国際機関の重複、援助協調、および援助資金のファンジビリティー(流用可能性)等の問題から、我が国ODAのみのマクロ経済的インパクトを分析することは困難であるので、援助全体のインパクトについて分析した。



5.1 開発援助のマクロ経済押し上げ効果

バングラデシュ国におけるマクロ経済成長がどのような要因で生じたものか、経済変数間の対応関係からそれを分析する。実証分析に用いる推計式は、次の所得関数を考える(表5-1-1)。国民所得の決定に際しては、貨幣市場と財市場の二市場の均衡関係から決定される、いわゆるIS‐LM理論に拠っている。つまり、国民所得の増加はマネーサプライの増加、又は投資の増加、或いは両変数の増加によってもたらされる。したがって、説明変数として下表に示したようにM2とGFを選択した。また、被説明変数が名目値ということで期待インフレ率も推計モデルに取り込んだ。なお、分析に用いたデータは1982~99年までの年次データである。

表5-1-1 推計の概要
NGDP=f(M2, GF, EI)

変数名 定 義 期待符号条件 出 所
NGDP 国民一人当りの
名目GDP成長率
被説明変数 ADB統計より算出
M2 マネーサプライ伸び率 ADB統計より算出
GF 名目総固定資本形成伸び率 ADB統計より算出
EI 期待インフレ率
(t-1期のインフレ率)
GoB(MoF)
出典: ADB, Key Indicators 1999, 2000.およびMoF, Flow of External Resources into Bangladesh 2000.


ところで、時系列データで最小二乗推定を行う場合、まず分析で用いられる時系列データの非定常性の有無についての検定が必須となっている1。なぜなら、定常性の条件を満たさなければ、そもそも無相関であるにもかかわらず、それが統計的に棄却される「見せかけの相関」という問題を引き起こしてしまうからである。そこで、DF(Dickey-Fuller)検定として知られる方法で定常性の検証を行った(表5-1-2)。この検定は下記モデルのパラメータφを検定する方法である。もし、帰無仮説「H0:φ=0」が、対立仮説「H1:φ>0」に対して棄却できなければ、非定常時系列データと考えられ、上記モデルの推計をこれらのデータを用いて行うことには誤りが生じる。

表5-1-2 DF検定の結果


帰無仮説 「H0:φ=0」

回帰式:ΔXt=μ+βt-φXt‐1+εt
(t=タイムトレンド、X=検定対象説明変数)

説明変数 帰無仮説を棄却することで
誤りを犯す確立
M2 2.74%
GF 0.56%
ZEI 1.19%
備考:計量ソフトTSP ver4.3aにより推計


検定結果より、M2、GF、EIはそれぞれ単位根を持たない定常時系列データであることが確かめられた2。したがって、上記推計モデルを最小二乗法で推計し、経済成長の要因分解を行った。推計結果は下記の通り。

推計結果
推計結果
備考:t値 *: 1%水準で有意


各説明変数の符号条件は期待通りであったが、統計的に有意な変数はGFのみであった。このことは、バングラデシュ国経済にとって投資が重要であることを示している。その他の変数については、有意ではないもののプラスの効果があることを示している。また、F値、決定係数、ダービン・ワトソン統計量の大きさから判断して推計モデルは統計的に有意である。したがって、上記推計結果を用いて、1982~99年までのNGDPの変動の要因を分析する。同期間におけるNGDPおよび各説明変数の期間平均値はそれぞれ、NGDP=11.5%、M2=17.2%、GF=15.5%、EI=7.9%である(表5-1-3)。

表5-1-3 マクロ経済変数の推移 (単位:%)

変数 1982-90 1991-99 平均
NGDP 15.9 7.1 11.5
M2 20.9 13.4 17.2
GF 18.6 12.4 15.5
EI 10.5 5.3 7.9
出典: ADB, Key Indicators 1999, 2000.および
MoF, Flow of External Resources into Bangladesh 2000.


推計式はNGDPが変化率で示されているため、同期間における各説明変数の寄与度(要因)は各平均値に推計係数を乗じたものとなる(表5-1-4)。

表5-1-4 説明変数の平均寄与度 (単位:%)

変数 平均寄与度
M2 17.2 × 0.193 = 3.3
GF 15.5 × 0.436 = 6.8
EI 7.9 × 0.610 = 4.8


同期間において、一人当り国民所得の成長率に最も寄与したのは総固定資本形成(GF)であった(平均寄与度:6.8%)。GFには公共投資(政府開発投資)も含まれている。GFに占める開発支出(ADP : Annual Development Programme)の割合は低下傾向にあるが、90年以降とそれまでとは明らかに構造的な変化が認められる。その原因は90年以降、世銀やIMFの構造調整援助に伴う緊縮財政政策の実施によるものである。また、民営化の推進によって民間投資の比重が次第に増大してきていることも一因と考えられる(図5-1-1)。

図5-1-1 総固定資本形成に占める政府開発支出の割合

図5-1-1 総固定資本形成に占める政府開発支出の割合
備考: ADB, Key Indicators 1999, 2000. およびMoF, Flow of External Resources into Bangladesh 2000より算出。
  

1982~99年までのADPの割合は、平均47.1%である。よって、GFの成長寄与度約6.8%のうち、ADPによる経済成長への寄与度は約3.2%と言える。

バングラデシュ国財務省発行の統計レポートでは、ADPデータにODAが含まれている。ADPに占めるODAの割合は、先に述べたように世銀やIMFの構造調整援助に伴う緊縮財政と援助の量から質への転換により90年以降低下傾向にあるが、1982年から99年までの平均割合は48.7%であり、開発資本の乏しい同国の開発にとって貴重な役割を担っていると言える(図5-1-2)。同期間のODAによる成長への寄与度は、ADPの寄与度3.2%のうち、48.7%つまり約1.6%であった。

図5-1-2 政府開発投資に占める開発援助の割合

図5-1-2 政府開発投資に占める開発援助の割合
備考: MoF, Flow of External Resources into Bangladesh 2000. より算出


以上より、1982~99年までの18年間にわたる対バングラデシュングラデシュ国ODAの経済押し上げ効果は、年平均1.6%であった。このように対バングラデシュODAは、少なからず同国の国民所得の全体的なパイを大きくするために、一定の役割を果たしていると言える。

ところで、援助のインパクトを考察するには経済面だけでなく社会的な側面からも考察すべきであろうが、世銀等のクロスカントリーな実証分析によれば、経済成長と社会指標との改善には有意な関係が認められる3。つまり、バングラデシュ国においても経済成長を生み出すことは開発の重要な第一歩であることに間違いなく、それに貢献している原資の一部がODAなのである。しかしながら、効果的な援助のためには、より効果的な分野に援助を重点的に配分することが重要であるとの指摘があるように、重要なことは貴重な開発投資を何に使うかということである4。次節では、この点について考察する。




1 和合肇・伴金美(1996)『TSPによる経済データの分析 第2版』p.47, 東京大学出版会。なお、時系列データの定常性とは、データの平均・分散・自己共分散が近似的に時間差のみにより定まり、時点には依存しないような時系列をいう。また、非定常性とは、時点に依存している系列であり、たとえば、トレンドを含む系列は、平均が時間とともに増加し、定常とはならない。(『経済辞典 第3版』、有斐閣より)

2 単位根とは、時系列データの自己回帰式、たとえば、Xt = aXt-1 + εtでaの値の絶対値が1であることを言う。この場合には、Xが非定常となる。

3 World Bank(1998)、Assessing Aid: What works, What doesn't, and Why、New York: Oxford University Press.(邦訳は小浜・富田訳「有効な援助」東洋経済新報社2000年)

4 ODA改革懇談会2001、「第2次ODA改革懇談会中間報告書」外務省




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